よいウェブをつくる人を、ふやす。 | ディレクター名鑑#003 羽山 祥樹さん

こんにちは、ディレ協広報部です。

今回ご紹介するのは、Webの黎明期から制作・設計に関わり、今も第一線でご活躍されている、羽山 祥樹(はやま よしき)さんです。

記事の中では、羽山さんのWebディレクターとして考え方・チームメンバーとの関係性について話してもらいました。

羽山 祥樹さんのプロフィール

サムネイル_羽山さん

使いやすいウェブサイトを作る専門家。担当したウェブサイトが、雑誌のユーザビリティランキングで国内トップクラスの評価を受ける。専門は人間中心設計(HCD)、ユーザーエクスペリエンス(UX)、情報アーキテクチャ(IA)、アクセシビリティ。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。CNET Japanブロガー。また、大規模CMSのエバンジェリストも務める。

翻訳書:『メンタルモデル ユーザーへの共感から⽣まれるUXデザイン戦略』『モバイルフロンティア よりよいモバイルUXを生み出すためのデザインガイド』(いずれも丸善出版)

自己紹介をお願いします。

ユーザーエクスペリエンス(以下UX)や、人間中心設計(以下HCD)の専門家をしています。業界歴としては、はじめてHTMLを書いたのが96年で、ウェブ業界に20年ほどいます。

UXを志すきっかけは、97年に、クレメント・モックの「Webデザイン・ビジネス」を読んだことでした。情報デザインという概念を、日本のウェブ業界へはじめて紹介した本です。大きな影響を受けました。

2011年ごろから、ベンチャー企業を中心に、UXデザインやユーザー調査のお手伝いをさせていただくようになりました。

代表的なところでは、エンジニア専門の転職サイト「Forkwell Jobs」や、市場分析の専門ツール「ドルフィン・アイ」をご支援させていただいています。主に、UXデザイナーとして、関わっています。

UXのプロジェクトというのは、どのようなものでしょうか。

大きなポイントは「ユーザーと直接に会って、話を聞く」ということです。

市場分析の専門ツール「ドルフィン・アイ」の開発プロジェクトでは、最初に、ツールをじっさいに使う人やマーケット分析の専門家に話を聞きました。これを「ユーザーインタビュー」と呼びます。

そのうえで、定性データの分析手法によって、集まった多くのニーズを心理モデルにしていきます。そうしていくと、ユーザーが本当に求めているものは何か、わかるのです。

「ユーザーと直接に会う」ことは、プロジェクトの途中でも、繰り返し、行います。

開発したテストバージョンを、じっさいのお客様に使っていただいて、フィードバックを得ました。「ユーザビリティテスト」と呼びますが、それを繰り返して、ユーザーに寄りそうように開発を仕上げていきます。

多くの場合、つくる側の人には、「ユーザーにはこういうニーズがある。」「ツールをこう使う。」の様な思い込みがあります。

ユーザビリティテストをしてみると、ことごとく思い込みは打ち砕かれます。つくる側の先入観は、じっさいのユーザーとは異なります。

たとえば、「ドルフィン・アイ」の初期の画面テストで、僕の想定では、ユーザーは画面構成を理解するために、まずスクロールすると思った。ところが、じっさいにはスクロールせずに、画像の雰囲気だけで目の前のリンクを押してしまいました。

こちらの予想は、かんたんに外れるものなのです。

だからこそ、ユーザーの目線でものづくりをするためには、「ユーザーと直接に会う」のが大切なのです。「ドルフィン・アイ」もそうやって、良いものに仕上げてしていきました。

UXの試みは、プロジェクトメンバーに、どのように受け入れられるのですか。

エンジニア専門の転職サイト「Forkwell Jobs」でのユーザー調査は、開発チームのメンバーが、つねに何人も参加してくれました。

やはり、何人ものユーザーに、インタビューをしました。

そのときは、かならず開発エンジニアも同席してもらうようにしました。また、インタビューの様子を、別室に中継して、ほかのエンジニアにも共有しています。ユーザーの生の反応を見るのと、あとからインタビュー結果だけ聞くのでは、やはり理解の深さが異なるからです。

ユーザーの話を聞いて、あらためて気がつくことも、多くありました。転職というのは、人生の一大事ですから、ユーザーはつねに不安と隣り合わせです。求人票のちょっとのデザインの差で、応募へのモチベーションが大きく変わる。その不安定さを、強く実感しました。

大規模な調査でしたので、ユーザーインタビューから出てきたデータの量も相当です。ふせんに書き出していくのですが、その枚数は 800 枚を超えました。まとめるのには、大変な労力がかかります。

Forkwell Jobs のメンバーは「ユーザーを理解したい」「ユーザーに価値を届けたい」と、強い熱意をもっていました。ワークショップを何回もして、大量のふせんを、ていねいに心理モデルにしていきました。

最終的には、模造紙11枚もの大作になりました。仕上げた心理モデルは、エンジニアルームの壁を取り囲むように貼りだしました。ユーザーの声に囲まれて、仕事ができるようにです。

なにより良かったのは、心理モデルを組み上げるための作業をするにつれて、チームメンバーの思考が、どんどんユーザー中心になっていったことです。800 枚ものふせんをまとめると、ユーザーの実像が、肌感覚としてわかるようになります。

ユーザーが何を感じるか、チームメンバーが迷うことなく理解できるようになりました。チームメンバーひとりひとりが、肌感覚でユーザーを理解できるようになると、ユーザー中心の文化が、社内に根づきます。

チームメンバーが、プロジェクトを通じて、ユーザーへの理解を深めたのですね。

今では、僕が関わらなくても、チーム内で、自主的にユーザビリティテストを運営するようになっています。それも、エンジニア自身によって、そういった活動がなされています。迷ったとき「ユーザーに聞いてみよう」とできるのは、とても良い文化です。

もうひとつ嬉しかったのは、チームメンバーの方が、このプロジェクトをきっかけに UX に強い興味をもってくださって、社会人向けの大学院(産業技術大学院大学 履修証明プログラム「人間中心デザイン」コース)にまで通うようになってくださったことです。

自分がいなくなっても、その文化を引き継ぐ人が育った。これほど嬉しいことはありません。

羽山さんは、ご自身のウェブサイトで「よいウェブをつくる人を、ふやす。」という標語を掲げていますね。

僕は、専門家として案件にかかわるとき、できるだけステークホルダーのすべての人に、自分の知識が伝わるように願っています。それによって、僕の仕事がなくなってもいい、とまで思っている。

以前に後輩から「羽山さんは、まったく惜しげもなく、スキルのすべてを教えてくれる。なぜですか」と訊かれたことがあります。

スキルを伝えるのは、僕にとって、教育であると同時に「形見分け」だからです。

僕の知識というものは、僕が死んだら消えてしまう。僕ひとりのなかに閉じたものは、何の役にも立たない。でも、それを伝えることができて、誰かに役立ててもらえば、僕が生きた意味というのも、いくらかあるような気がする。

だから、できるだけ多くの人に、僕のもっている知識を伝えたい。それを惜しいとは思いません。

最後に、ウェブディレクターとして、目指すものを教えてください。

じつは、僕はずっと「ウェブディレクター」と名乗るのが怖かった。胸を張れるようになったのは、ここ数年のことです。

ディレクターは、人の心を大切にしないといけない。クライアントの気持ち、そして自社のメンバーやパートナーの気持ち。それを細かくフォローして、信頼を築く能力が必要です。

自分は、それが、ぜんぜん自信がなかった。

僕はもともとコミュニケーションが下手で、20才のころは、人と会話するのもままならないほどでした。それを10年、15年とかけて、ずっとトレーニングしてきた。

長い時間のなかで学んだのは、ディレクターは、相手と同じ目線に立って話ができるかどうか。それで、メンバーを正しく方向づけできるかが、決まります。

エンジニアにはエンジニアの、デザイナーにはデザイナーの矜持があります。

たとえば、エンジニアの人と話しをするときには、こちらもエンジニアの立場と言葉で話さないといけません。「技術のことはわからないから、よろしく」では信頼はつくれない。

幸運にも僕は、業界歴が長いのもあって、エンジニア経験もあります。だから、エンジニアの立場もわかる。エンジニアの目線で、そのプロジェクトで何をするべきかを、伝える。

いっぽうで僕は、デザイナーとしては、本格的な経験はありません。それでも、できるだけデザイナーの文化を理解して、話しています。

そうすることで、チームが心地よく回るようになる。

いい仕事は、そういうディレクションから生まれると思っています。

そうして、チームメンバー、クライアント、ひいてはユーザーが幸せになる。みんなが幸せになる、その様子をみて、喜びを噛みしめるのが、ディレクターなんじゃないかと思っています。

―羽山さん、ありがとうございます。

数々の案件を経たからこそたどり着いた、Webディレクターとしての姿勢・考え方は素晴らしいと感じました。

では、次回のディレクター名鑑もお楽しみに!

この記事を書いた人